2008年7月1日火曜日

男性と女性の相違点

ちょっと前に読んだ本の中にこんなことが書いてあった。
「女性は男性が他の女性に興味を示すと不快な気持ちになるが、男性は誰とでも寝たい、浮気をしたいと思っているわけではありません。それは単に男性特有の反応をしているだけです。」 これについては男の本音を言わせてもらえばちょっと違うなあと感じた。はっきりいって、非常にオブラートに包んだ表現に思える。僕だったらこう書く。男は獣です。女とみたらセックスしたいと思う。ただ誰とでもしたいと言うわけではない。男は女をみるとき悪い表現だが無意識に品定めをする。おおーかわいい、いいケツしてるなあ・・・とか、もっと細かく言えば顔はいいんだが体型がなあ・・・とか、とにかく瞬時に分析をする。そして自分の基準をクリアすれば、やりたいという願望がむくむくと立ちあがってくる。これが自分の好みだったとしたらもう心の中では浮気でもなんでもありです。これはあくまでも心の中でのできごとで実際にSEXできるとは思っていないし、妄想で裸にしたりして楽しんでいるいるだけなんです。ただこれがセックスできる状況にあれば話しは別です。もはや理性との戦いになってくる。彼女や妻を裏切ることになる、言いかえれば彼、女達の愛情、信頼を裏切ることになるといった理性が、それを一時の妄想ですませられるかどうかの境界線になるわけです。上記の言葉はこんなことを理解せねばなりませんなんて言っているわけだが、本当に理解できるのだろうか。そして、もしこの妄想が去勢されたとしたら同時に性欲も去勢されてしまうのだ。ここで女性に勘違いしてもらいたくないのは、別の女性とやりたいという心があったとしても、それを理性で押さえることが男の愛の表現なのだと思う。ただ、もうひとつ言わせてもらえれば余所でやりまくっていても、自分の妻や彼女が嫌いなわけではないという厄介な側面も男は持っている。(もちろん女性も持っているだろうが)
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性的刺激

男性の場合興奮を引き起こす大部分の要因は目からの情報です。アダルトビデオやエロ本を見るのが好きなのも、目からの情報が性的興奮に直接的につながっているからです。隠されたものを覗くというシチュエーションが男にはたまらないものがあるのです。スカートの下に何もつけていないよりパンティーがあったほうが断然いいのです。コスプレなんかがあるのも目で楽しめるからに他なりません。あとオナニーしているところを見たいとか小便とか大便をしているところを見たいとか。見るという行為の究極の姿はフェチですね。食い込んでいるパンティ、足首、おっぱい、土手、いたるところがフェチの対象となります。それからたいていの男はペッティングが好きです。これは女性を気持ち良くさせたいという心の働きがけっこうでてきます。これを省く男性はせっかちなのか、自分さえ気持ち良くなれればいいと思っているのでしょう。もちろんご本尊様を目でおがみながら興奮していきます。そして最後に挿入ですが、視覚でもって女性の表情、結合部分、裸体を見ながら聴覚で喘ぎ声を聞きながら興奮のボルテージは上がります。これらは一般論で逆に耳栓をして恥骨のぶつかり合う音で興奮したり、男性が目隠しをして言葉でいじりたおされる方法もありますが。さて、今度は女性の場合ですが、男性とは根本的に異なります。女性の場合性的興奮を引き起こす大部分の要因は精神的なものです。女性は相手の男性への愛おしさの度合いで、性的興奮の度合いがずいぶん違ってきます。
要するに自分は愛されていると思わなければ性的興奮もないということなのである。男性は女性のバスト、お尻、足首、顔などを最初にみることが多いのに対し女性は目と答える人が多い。これなども目が精神的なものに深く関与しているからである。 ちょっとくさいが真剣に女性の目を見つめて「好きだ」、とか「愛してるよ」というのがいつのドラマでも使われているのは、それほど恋愛にとって真骨頂だからでもあるからだろう。 愛情や繊細さ、優しさや親切さ、思いやり、こういったものが言葉や態度で女性に伝わり、女性が私はこの人にとって特別で大切にされていると思えること、そしてそれを目でも伝えることを忘れてはいけない。あとの章で具体的に書くが、この基本的な精神構造を知らないことが女性がいけないことの原因にもなってくるのである。セックステクニックなんて、この精神構造を理解し実践することに比べたらつけ足しみたいなものである。僕の感覚で言えば肉体のテクニック20%、精神のテクニック80%ぐらいの割合だと思う。ただ、頭のなかで好きだと思っていてもしょうがない。人はそんなに便利にできていないんだから。